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大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)61号 判決 2000年9月28日

主文

一  原告の被告門真市教育委員会に対する訴えを却下する。

二  原告の被告門真市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告門真市教育委員会が平成一〇年四月一八日付けで原告に対してした放課後児童健全育成事業への参加申請の拒否処分は、これを取り消す。

二  被告門真市は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告門真市教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)により、被告門真市(以下「被告市」という。)が実施する放課後児童健全育成事業(通称、ふれあい活動。以下「本件活動」という。)に自らの子を参加させることを拒否された原告が、右拒否が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとして、被告教育委員会に対してその取消しを求めるとともに、被告市に対し、国家賠償法一条に基づき、右拒否により原告が被った精神的損害の賠償を求めるものである。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)

1  被告市は、昭和四二年以降、被告教育委員会の主催により、同市立北小学校において少年健全育成事業(留守家庭児童会)を開始し、漸次その実施校を増やして、昭和六一年以降は同市立小学校七校において実施している。

これは、右事業が実施されている小学校の、原則として一年生から三年生の児童のうち、父子、母子家庭であることや両親が共働きであること等の理由により、昼間保護者が家庭におらず、放課後、帰宅時に世話をする者がいない児童を対象とするものである。

2  一方、被告市は、右事業とは別に、平成六年から、同市立速見小学校を皮切りに本件活動を開始した。これは、少年健全育成事業が実施されていない小学校において、当該小学校に在学する全学年の児童で、昼間保護者のいない家庭の児童のほか、本件活動の主旨に賛同し、参加することを希望する者を対象としている。

3  被告市は、平成一〇年五月一日から、新たに同市立北巣本小学校において本件活動を実施することとなり、被告教育委員会は、同小学校に通学する児童の保護者に対し、同年四月八日付け「『ふれあい活動』への参加希望について(事前調査)」と題する募集要項(甲一)を配布し、参加希望者は「ふれあい活動参加希望票」(甲二、以下「本件参加希望票」という。)に必要事項を記入の上、担任を通じて申し込むよう案内して、参加希望者を募集した。募集要項には、本件活動の実施時間は、原則として、月曜日から金曜日までは授業終了後から午後五時まで、長期休業日は午前九時から午後五時までであること、対象児童は、小学校一年生から六年生までの児童で、原則として、毎日、活動時間終了時まで参加できる者であることが記載されていた。

4  原告は、本件参加希望票に必要事項を記入し、原告の長女であるA(当時三年生)と次女であるB(当時一年生)を本件活動に参加させる旨の申込み(以下「本件申込み」という。)をした。本件参加希望票には、「毎日、活動時間終了時まで参加することを原則としておりますが、塾・習いごと・その他の理由で、どうしても午後五時以前に帰宅しなければならない場合は、右欄に記入してください。」との記載があったので、原告は、A、Bのいずれについても、火曜は習字塾に、水曜日は学習塾に通うため、それぞれ午後三時三〇分に帰宅しなければならない旨記載した(乙一、二)。

5  これに対し、被告教育委員会は、本件申込みを拒否する旨の決定(以下「本件参加拒否」という。)をし、原告に対し、平成一〇年四月一八日付けで、通知した(甲三の1、2。以下、これを「本件通知」という。)。

6  原告は、本件参加拒否を不服とし、平成一〇年六月一六日、被告教育委員会に対して異議申立てをした(甲四)が、同被告は、これを却下し、同年七月二七日、原告訴訟代理人に通知した(甲五)。

二  児童福祉法の関係規定

1  平成九年法律第七四号による改正(以下「平成九年改正」という。)後のもの

(一) 六条の二第六項

この法律で、放課後児童健全育成事業とは、小学校に就学しているおおむね十歳未満の児童であつて、その保護者が労働等により昼間家庭にいないものに、政令で定める基準に従い、授業の終了後に児童厚生施設等の施設を利用して適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図る事業をいう。

(二) 二一条の一一

市町村は、児童の健全な育成に資するため、第六条の二第六項に規定する児童の放課後児童健全育成事業の利用に関し相談に応じ、及び助言を行い、並びに地域の実情に応じた放課後児童健全育成事業を行うとともに、当該市町村以外の放課後児童健全育成事業を行う者との連携を図る等により、当該児童の放課後児童健全育成事業の利用の促進に努めなければならない。

(三) 二四条一項

市町村は、保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事由により、その監護すべき乳児、幼児又は第三十九条第二項に規定する児童の保育に欠けるところがある場合において、保護者から申込みがあつたときは、それらの児童を保育所において保育しなければならない。ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。

(四) 三四条の七

市町村、社会福祉法人その他の者は、社会福祉事業法の定めるところにより、放課後児童健全育成事業を行うことができる。

2  昭和六一年法律第一〇九号による改正(以下「昭和六一年改正」という。)前のもの

(一) 二四条

市町村長は、保護者の労働又は疾病等の事由により、その監護すべき乳児、幼児又は第三十九条第二項に規定する児童の保育に欠けるところがあると認めるときは、それらの児童を保育所に入所させて保育しなければならない。但し、附近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護を加えなければならない。

(二) 五八条の三

市町村長が第二十二条から第二十四条までの措置をとる権限の全部又は一部をその管理する福祉事務所の長に委任した場合における当該権限に基づく処分についての審査請求は、都道府県知事に対してするものとする。

(三) 五九条

市町村長が第二十二条から第二十四条までの規定によつてした処分又は市町村長の管理する福祉事務所の長が第三十二条第二項の規定による委任に基づいてした処分に係る審査請求についての都道府県知事の裁決に不服がある者は、厚生大臣に対して再審査請求をすることができる。

三  主要な争点及び当事者の主張

1  本件参加拒否の処分性について

(一) 原告の主張

(1) 原告には、その子を本件活動に参加させるについて法令上の申請権があり、本件参加拒否は法令に基づく申請を拒否する行為であるから、原告の申請権を侵害するものとして抗告訴訟の対象となる行政処分である。

(2) 申請行為が単に職権発動を促す事実上の行為(例えば陳情)にすぎないのか、それとも権利としての申請権に基づく権利行使行為であるのかは、①法令の解釈上、当該申請行為に対して、行政庁が何らかの応答をしなければならない義務があるか否か、②法令の解釈上、当該申請に対する行政庁の拒否行為に対して行政不服審査法に基づく不服申立てを行うことができるか否か、を判断基準として決すべきである。

(3) ①については、行政事件訴訟法三条五項の定める不作為の違法確認の訴えにおける申請権同様、申請手続(申込みから決定に至る一連の手続過程)を含めた制度の総体について、その制度の趣旨、目的を探り、そこから申請に対し、行政庁として応答をなすべきことが法令上義務づけられていると認められれば足りる。

本件活動は、被告教育委員会が作成した「放課後児童健全育成事業実施要項」(甲六、以下「本件要項」という。)に基づき実施されているものであるが、児童福祉法(平成九年改正後のもの。以下、特に断らない限り、同様)二一条の一一、三四条の七の規定を受けて、同法に基づく放課後児童健全育成事業として実施しているものである。なぜなら、右事業と本件活動は、事業内容の面で異なるところがないばかりか、放課後児童の健全育成という目的も共通する。もっとも、前者は原則として小学校一年生から三年生までを対象とするのに対し、後者は小学校全学年の児童を対象としているが、前者も、厚生省児童家庭局長通達「放課後児童健全育成事業の実施について」(平成一〇年四月九日児発第二九四号)、厚生省児童家庭局育成環境課長通達「放課後児童健全育成事業の実施について」(平成一〇年四月九日児環第二六号)、厚生省児童家庭局長の国会答弁(平成九年五月二八日衆議院厚生委員会)によれば、小学校三年生までの児童に限定されているわけではない。したがって、本件活動は児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業としての法的性格を有する事業である。

また、普通地方公共団体の住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有するし(地方自治法一〇条二項)、公立の児童福祉施設は公の施設に当たるところ、普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならないものとされる(同法二四四条二項)から、住民は、児童福祉法に基づき普通地方公共団体が提供する児童福祉サービス(公の施設である児童福祉施設を用いるそれを含む。)をひとしく受ける権利を有するということができ、したがって、サービス受給要件を具備した者から申請があったとき、正当な理由がないのに普通地方公共団体がサービス提供を拒否することは違法である。そうすると、本件活動によるサービスの受給資格者が享受するサービスを受ける利益は法律上保護に値する利益というべきであり、本件活動への参加を認めるか否かの決定は、本件活動への参加を希望する保護者の法的利益を実現するか否かを決定するものであるから、被告教育委員会は、右保護者のもつ法的利益に対応して、これを実現することができるか否かの応答義務を負うというべきである。

(4) ②については、当該法令が申請行為に対する行政庁の応答に対して行政不服審査法に基づく不服申立てを許容している場合には、当然に申請権があると解すべきである。児童福祉法には、同法に基づく放課後児童健全育成事業における行政庁の処分に対して行政不服審査法に基づく不服申立てを行うことができるか否かについての明文の規定はないが、昭和六一年改正前の児童福祉法五八条の三、五九条は、同法二二条(助産施設への入所の措置)、二三条(母子寮への入所の措置)及び二四条(保育所への入所の措置)の各措置について、行政不服審査法に基づく不服申立てをすることができることを前提とする規定であった(前記二2(二)、(三))。これらの規定が右改正により削除されることになったのは、二二条ないし二四条の規定する保育所等への入所の措置が国の機関委任事務であったのが団体委任事務化されたことに伴い、不服申立ての方法に変更が来されたからにすぎず、二二条ないし二四条に基づく処分が行政不服審査法上の不服申立ての対象となり得ることは、右改正の前後を通じて何らの変更もない。

平成九年改正後の児童福祉法は、放課後児童健全育成事業を独立した事業として位置づけるとともに、小学校に就学している「保育に欠ける」児童について保育所入所措置の対象とした本来の学童保育に関する規定(二四条一項)をも存続させているが、これは、放課後児童健全育成事業に本来の学童保育を補完する役割を改正法が期待して両者を併存させたものであると解され、二四条一項は、本来の学童保育の根拠規定というだけでなく、放課後児童健全育成事業をも根拠づける規定と解することができる。したがって、放課後児童健全育成事業への参加を拒否する行政庁の判断については、二四条一項に基づく保育所入所措置と同様に、行政不服審査法上の不服申立てを行うことができるというべきである。

(二) 被告教育委員会の主張

(1) 本件活動は、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業ではなく、被告市が本件要項に基づいて独自に実施している事業にすぎないから、本件活動に参加するに当たって法令上の申請権は存しない。

(2) 本件活動は、福祉目的で行う留守家庭児童の保育ではなく、教育目的で行う活動である。被告市では、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業は、本件活動とは別に、市内七小学校区において、少年健全育成事業(留守家庭児童会)として実施している(前記一1)。本件活動は、これとは別に、本件要項に記載のとおり、小学校の全学年の児童を対象に、異なった学年による集団活動を推進し、望ましい人間関係の育成を目的にする教育事業として実施しているものであり、児童福祉法に基づく福祉事業ではない。児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業と本件活動は、実施要項、担当主管課、使用する施設形態、担当指導員に教員免許保持者を当てるか否か、対象児童その他の点でも異なり、別の事業である。

(3) 確かに、両者は、小学校一年生から三年生までの留守家庭の児童を参加させる点では、対象児童が重なり合う一面があり、本件活動が教育活動を行うものであるといっても、留守家庭の児童を保育する効果もあるから、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業を補完する効果を持つ一面も認められるが、それは本件活動を行うことから反射的に生じる派生的効果にすぎない。

(4) 原告の主張は、児童福祉法上の権利があるからといって、本件活動のように、別の目的で、別の機関が別の要項で、別の場所で行う事業をも、自己の便宜中心に解釈してこれを同一性質の事業であると決めつけるもので、拡大ないし類推解釈の範囲を逸脱している。

2  本件参加拒否を取り消す法律上の利益について

(一) 原告の主張

本件参加拒否は平成一〇年度の本件活動に参加することの申込みを拒否したものであるところ、既に平成一〇年度は終了したが、本件活動において、前年度在籍者は後年度において優先的に参加できるものとされているから、本件参加拒否を取り消す法律上の利益は消滅していない。

(二) 被告教育委員会の主張

争う。

3  本件参加拒否の適法性について(取消事由の存否及び国家賠償法上の違法性の有無)

(三) 原告の主張

(1) 被告教育委員会が本件参加拒否に当たってその理由を明らかにしていないのは違法である。

(2) 本件活動の対象児童を「原則として、毎日、活動時間終了時まで参加できる者」とする制限を設けたこと自体、平等原則(憲法一四条)に違反する。

まず、右制限は、本件活動の実施される時間帯に塾等に通う児童の参加を拒否するものであるから、塾等に通う児童とそうでない児童とを別異に取り扱うものである。しかし、被告教育委員会は、例外としてサッカークラブに通う児童の参加を認めており、自ら右制限を設けた理由を否定している以上、塾等に通っているかどうかを参加の基準とすることに合理性を見出すことはできず、右取扱いは不合理な差別である。

しかも、門真市における通塾等の実態や保育事業に対する保護者の需要の実情からしても、右取扱いは合理性を有するものとはいえない。すなわち、門真市においては、小学校児童の過半数が本件活動の実施される時間帯と重なる時間帯に塾等に通っているのが実情であり、被告教育委員会の基準によれば、大半の児童が本件活動から閉め出されることになるし、放課後児童対策が必要であると答えた世帯の児童の四〇パーセントが塾等に通っていることからしても、このような実情を踏まえない基準が社会的合理性を有するものとはいえない。

留守家庭児童会では、活動時間中に塾等に通っているという理由で参加が拒否されることはないが、本件活動においては、それを理由に参加が拒否されることになる。しかも、門真市においては、本件活動が実施されている校区から他の校区の留守家庭児童会に参加することはできない。利用できる事業が本件活動であるか留守家庭児童会であるかは居住する校区によって決まることになり、本件活動が実施されている校区の場合には塾等に通っていることを理由にその利用を拒否されることになるが、居住する小学校の校区によって享受できるサービスに合理性のない差別がされていることになる。

(3) 右制限は、その根拠規定が被告教育委員会によりあらかじめ内規や準則等として制定されているわけではなく、募集要項(甲一)に記載されていたにすぎず、いわば担当者限りの裁量によって運用されてきたというのが実態である。このように根拠規定を欠いた右制限は、そもそも本件要項の内容を改める法的効力さえ欠くものである。

(二) 被告らの主張

(1) 本件活動への参加を認めるか否かの基準として、募集要項(甲一)に「原則として毎日活動時間終了時まで参加できる者」との基準を明示してあるところ、原告の子らは、塾に通うため、この基準を満たさなかったものであり、被告教育委員会は、そのことを原告に明示している。

(2) 本件活動は、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業の目的とされる、親の就労対策を中核とする社会福祉目的や労働保護目的のものではなく、好きな曜日に好き勝手な時間に出入りしてただ遊ばせて保育するだけのものでもない。情操教育等の一定の内容を持たせてその成果を目指す教育活動として実施しているものである。将来的には、活動基盤を整備し、昼間保護者のいない家庭の児童を可能な限り参加させていきたいとの考えもあるが、現段階ではいまだ制度が整備されておらず、指導員の確保にも事欠いている状況であるから、参加者に一定の制約を設けることは避け難い。

例えば、活動の途中での出入りが、多数日の児童もあれば一日だけの児童もあり、その出入りの時間帯もまちまちで、途中に出て、また途中で帰って来る者もあり、指導員がその都度、途中の交通事故にまで神経を使わせられているのでは、指導員の負担が余りに大きすぎる。このような児童の出入りを、日数や曜日で制限するか、時間とか回数で制限するか、そもそもどの範囲で把握するかは、いまだ模索中の状態といわざるを得ない。

原告の提出した本件参加希望票には、原告の子らは、いずれも、火曜と水曜の二回、午後三時三〇分に習字塾と学習塾に行くため帰宅する旨の記載があったため、被告教育委員会の担当者は、平成一〇年四月一五日ころ、原告宅に電話し、対象児童を「原則として、毎日、活動時間終了時まで参加できる者」としている趣旨を説明し、塾へ通う日程の変更が可能かどうかを確認したが、原告は塾へ通う日程を変更しなかった。

四宮小学校における本件活動に参加している児童の中に、本件活動終了前にサッカークラブに参加している者がいるが、これは本件活動自体も四時五〇分頃には概ね終了するので、四時五〇分から参加させているにすぎない。

第三当裁判所の判断

一  被告教育委員会に対する訴えについて

1  原告は、本件活動は児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業であるから、原告には本件活動に参加するについての申請権があり、本件参加拒否は、その申請拒否行為であるから、抗告訴訟の対象となる行政処分であると主張する。

2  しかしながら、次の各点を考慮すると、本件活動は、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業には該当しないと解される(仮に、原告の主張するように、本件活動が同法に基づく放課後児童健全育成事業であるとしても、これに参加するについて、はたして法令上の申請権が認められるか否かは、一つの考察を必要とするところであるが、その点はさておくこととする。)。

(一) すなわち、児童福祉法六条の二第六項は、同法に基づく放課後児童健全育成事業の対象児童を、小学校に就学しているおおむね一〇歳未満の児童であって、その保護者が労働等により昼間家庭にいないものに限定しており、右事業の目的は、右対象児童について、適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図るものであると解される。

これに対し、甲六によれば、本件要項は、本件活動の対象児童を、小学校全学年の児童で、①昼間保護者のいない家庭の児童、②本事業の主旨に賛同し、参加を希望する児童とする旨定めるとともに、本件活動の主旨について、「児童の帰宅後の生活実像を見ると、友だち同志で触れ合う機会が少ないため、望ましい人間関係の育成が困難となっている現状にある。また体験的な学習も不足しがちで、人間形成の上にも大きな影響を与えていると思われる。

そこで、児童の持っている特性、能力、可能性を伸ばせるような活動の場を設け、さまざまな活動を実施することにより異なった学年による児童の集団活動を推進し、もって児童の主体的な生活態度を養うとともに児童の健全な育成を実現しようとするものである。」と定めている。

すなわち、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業は、保護者が昼間家庭にいない児童のうち特に保育を要する小学校低学年の児童を対象として、これに適切な遊び及び生活の場を与えることを目的とするものであるのに対し、本件活動は、児童の保護者が昼間家庭にいるかいないかにかかわらず、全学年の児童を対象に、異なった学年による児童の集団活動を推進することにより、少子化等に伴う友だち同士の触れ合いや体験的な学習の不足による人間形成への悪影響に対する対策を施すことを目的とするものであると解される。

この点、原告は、厚生省の通達や厚生省児童家庭局長の国会答弁によれば、一〇歳を超える児童も、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業の対象児童に予定されていると主張する。確かに、甲八、九及び弁論の全趣旨によれば、厚生省児童家庭局長通達「放課後児童健全育成事業の実施について」(平成一〇年四月九日児発第二九四号)は、放課後児童健全育成事業の対象児童について、児童福祉法六条の二第六項の規定に基づき、保護者が労働等により昼間家庭にいない小学校一ないし三年に就学している児童であり、「その他健全育成上指導を要する児童も加えることができる」としていること、ここにいう「その他健全育成上指導を要する児童も加えることができる」の意味について、厚生省児童家庭局育成環境課長通達「放課後児童健全育成事業の実施について」(平成一〇年四月九日児環第二六号)は、一部に一〇歳を超える放課後児童も含まれ得ること、盲・聾・養護学校小学部一ないし三年に就学している児童も、当該児童の状況に応じて対象児童となり得ることをいうものとしていること、厚生省児童家庭局長は、平成九年五月二八日衆議院厚生委員会において、「一〇歳以上の児童がこの事業に参加することを妨げるものではございません。」と答弁していることが認められる。

しかし、児童福祉法六条の二第六項の文言に照らすと、これらは、いずれも、一〇歳以上の児童も、健全育成上指導を要する場合に、あくまでも例外的に右事業の対象とされ得ることを示したものと解するのが相当であり、本件活動が児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業であるとの原告の主張を根拠づけるものとはいえない。

(二) 証拠(甲一、七、一四、二二、乙三、証人Cの証言)及び弁論の全趣旨によれば、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業と本件活動とは、本来の目的等を異にすることに伴い、①担当主管課(少年健全育成事業は社会教育部の青少年課、本件活動は学校教育課)、②使用する施設形態(前者では小学校の各種教室は使用しないが、後者は学校教育の一環であるので、これを使用する。)、③担当指導員に教員免許保持者を当てるか否か(前者は教員免許は必要でないが、後者は教育事業と位置づけているので、各校の専任指導員は必ず教員免許保持者を当てている。)、④児童におやつを提供するか否か(前者は生活の場としての意味があるので、おやつが出されるのに対し、後者は教育の場であるので、おやつは出ない。)が異なっていることが認められる。

甲七、一一、一二の1、2、二〇、証人Dの証言及び弁論の全趣旨によれば、被告市においては、現在は、同市立の一七の小学校のうち、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業と目的及び対象児童を同じくする少年健全育成事業(留守家庭児童会)を実施するものが七校、本件活動を実施するものが六校あるが、前者を実施する小学校の数は、昭和六一年以降増えず、これに対し、本件活動は、平成六年に速見小学校で開始された後、これを実施する小学校の数が漸増していること、本件活動が実施されている校区の児童は前者には参加できないものとされていること、被告市は、児童福祉法が平成九年改正により放課後児童健全育成事業を法制化したのに伴い、本件活動の実施要項を改正し、対象児童として昼間保護者のいない家庭の児童を明記することにした上、平成九年度には、厚生省に対し、本件活動についても児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業としての補助金の交付を申請していることが認められる。これらの事実からは、被告市は、本件活動につき、昼間保護者のいない家庭の小学校低学年の児童の健全育成を図るという児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業の趣旨を含むものと位置づけて実施しようとしていたことが窺われ、被告教育委員会の事務局社会教育部長及び代表者教育長も、それぞれ、門真市議会の平成一〇年第四回定例会、平成一一年第一回定例会において同旨の答弁をしている事実が認められる。

しかしながら、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業と本件活動との間に、前記のようにその対象、目的、内容において差異があることに加え、右差異が明らかになった平成一〇年度には放課後児童健全育成事業としての補助金の交付が受けられなかったこと(甲一一、弁論の全趣旨)を考慮すると、本件活動が児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業と重なり合い、これを包含すると解することはできないというべきである。

本件活動においても、昼間保護者のいない家庭の小学校一年生ないし三年生の児童が参加した場合、その児童が保護者以外の成人によって指導・監督されながら、他の児童と遊び等をして過ごし、健全育成が図られるという意味では、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業とほぼ同様の効果が生じるものとは認められるが、それは、対象児童に重複する部分があるため結果的にそのような事態が生じるにすぎない。

3  以上のとおり、本件活動は、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業に該当するとは認められない。また、本件要項は、児童福祉法その他の法令の具体的委任に基づくものであるとも認められない。そうすると、本件要項は、被告市の内部規則にすぎないと解されるところ、そのような内部規則をもって本件活動への参加につき申請権その他具体的な権利義務の根拠とすることはできないというべきである。けだし、国民の権利義務に直接影響を与える行政処分が法律の定める要件に基づいて行われなければならないことは法治主義の要請するところであり、単なる行政庁の内部規則によって具体的な権利義務の発生を認めることは法治主義の要請に反して許されないからである。

したがって、本件要項に基づく本件活動への参加について希望者からの参加申込みとこれに対する被告教育委員会の応答が予定されているとしても、これをもって参加希望者に申請権があり、被告教育委員会の拒否が申請に対する行政処分であると解することはできない。

4  原告は、普通地方公共団体の住民は普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有することや、普通地方公共団体は正当な理由がない限り公の施設の利用を拒めないことを理由に、本件活動に参加するについての法令上の申請権が認められる旨の主張もするが、一定の場合に普通地方公共団体の提供する役務を受ける権利を有することとその役務を受けるについての申請権が認められることとは別次元の問題であるし、本件活動が公の施設を利用するからといって、それは本件活動に参加することを認められた者が結果的にその公の施設を利用することになるにすぎず、本件活動への参加申込みの許否と公の施設の利用申込みの許否とは全く別の問題であるから、原告の主張は採用できない。

5  したがって、本件参加拒否は抗告訴訟の対象となる行政処分であるということはできないから、原告が被告教育委員会に対して本件参加拒否の取消しを求める訴えは却下を免れない。

二  被告市に対する請求について

1  原告は、本件参加拒否は、理由を付していないから、国家賠償法上違法であると主張する。確かに、甲三の1、2によれば、本件通知書には「厳正なる選考をいたしました結果、選にもれましたのでお知らせいたします。」との記載はあるものの、参加が認められなかった具体的な理由は記載されていない。しかし、前記認定事実、乙一、二、証人Cの証言、原告本人の供述及び弁論の全趣旨を総合すると、

(1)本件活動は、原則として、月曜日から金曜日までは授業終了後から午後五時まで、長期休業日は午前九時から午後五時まで実施する予定であるところ、被告教育委員会は、本件活動への参加を認めるか否かの基準として、毎日活動時間終了時まで参加できることを原則とする扱いとしており、塾や習いごとのために右基準を満たさない場合は、申込者に連絡して、塾や習いごとの日程を変更して本件活動には毎日活動時間終了時まで参加できるようにならないか打診し、日程変更ができない場合は、参加を拒否する方針であったこと、(2)Cは、門真市立中学校の教師をしていたが、平成一〇年四月から被告教育委員会勤務となるとともに、本件活動を担当することとなり、前任者から、右の方針をひきついだこと、(3)原告は、本件参加希望票に、「毎日、活動時間終了時まで参加することを原則としておりますが、塾・習いごと・その他の理由で、どうしても午後五時以前に帰宅しなければならない場合は、右欄に記入してください。」との記載を読んで、例外を許容してくれるものと思い、A、Bのいずれについても、火曜は習字塾のため、水曜日は学習塾のため、いずれも午後三時三〇分に帰宅しなければならない旨記載して、平成一〇年四月一四日、これを提出したこと、(4)Cは、本件参加希望票を見て、同月一五日ころ、原告に電話し、右(1)の方針を説明し、習字塾や学習塾の日程を変更できないか打診したが、原告はこれに応じなかったことをそれぞれ認めることができる。

そうすると、原告においては、本件参加拒否の理由は十分に了知していたものと認められ、本件通知書に理由が明記されていなかったがために本件参加拒否に対する不服申立て等に支障が生じたとも認められないこと、更に、本件参加拒否は行政手続法八条の適用のある行政処分ではなく、その他本件参加拒否に当たってその理由を明示すべき法令上の根拠があるものとは認められないことも勘案すると、原告の主張は採用できない。

2  本件活動への参加を認めるか否かは、本件活動の趣旨、目的、内容等に照らして合理的な基準に基づいて決定すべきであり、恣意的な決定は許されないが、どのような基準を設けるかについては、主催者である被告教育委員会に一定の裁量が認められると解される。

前記認定のとおり、被告教育委員会は、原則として毎日の活動時間の終了時まで参加できることを参加者の条件としているところ、その理由につき、証拠(甲六、七、一二の1、一五、一七、証人Cの証言)及び弁論の全趣旨によると、(1)本件活動は、単に保護者が昼間家庭にいない児童のために家庭の代わりとなる居場所を確保することを目的とするものではなく、小学校全学年の児童を対象とし、少子化現象等のために縦の人間関係が未発達であるとの問題点を解消するため、参加者を班分けして年長者をリーダーとする活動を行っているものであるから、日によって参加者が異なったり、途中で早退したり途中から参加したりする者がいたのでは右のような活動に支障を来すこと、(2)本件活動は各校二〇名弱から七〇名弱の児童を二ないし三名の指導員が担当しているが、途中で早退したり途中から参加したりする者がいては、児童の管理や登下校の際の安全性の確保の点で混乱が生じ、指導員に負担をかけるおそれがあること、(3)現に、本件活動の開始された平成六年度においては、原則として毎日参加できる者との制限しかしていなかったところ、途中で早退したり途中から参加したりする者がいたため、右の点で不都合が生じたこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、毎日活動時間終了時まで参加できることを原則とするとの基準は、一定の合理性を有すると認められ、被告教育委員会が裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用するものであるとはいえない。

また、証人Cの証言及び弁論の全趣旨によれば、塾通いのために早退を予定していた者は原告以外に七名いたが、そのうち三名は塾通いの日程を調整して本件活動には活動時間終了時まで参加することとなり、残り四名は日程調整ができず、本件活動への参加を断念したものと認められ、塾に通う児童の間で原告の子らが異なる取扱いを受けたものとは認められない。

なお、甲一七、一八、二七の1、2、二八、証人Dの証言及び弁論の全趣旨によると、四宮小学校における本件活動において、同小学校の校庭で実施される門真スポーツクラブ主催のサッカー教室に参加するために、週二日、午後四時三〇分頃に本件活動を早退する児童が、平成一〇年度に二名、平成一一年度にも同数程度いたことが認められる。しかしながら、サッカー教室に参加するために早退する時間が僅かであること、サッカー教室の実施場所は本件活動の行われている四宮小学校の校庭であるから、児童の移動もスムーズに行われ、主催者も明らかであることからすると、本件活動の目的の達成や児童の管理ないし登下校の安全性の確保の点でほとんど支障を与えるものではないから、これを例外として許容しながら、本件参加申込みを拒否したことが、原告に対する不合理な差別であるとまではいえない。

原告は、被告市の実施する少年健全育成事業(留守家庭児童会)においては、塾に通う場合の早退や中途からの参加が認められているのに対し、本件活動においては早退や中途参加が認められず、かつ、本件活動を実施している小学校区の児童は他の校区の少年健全育成事業には参加できないから、小学校区によって享受できるサービスに合理性のない差別がされていると主張する。しかし、少年健全育成事業と本件活動とは、その趣旨、目的、対象児童、活動内容を異にするものとして位置づけられているのであるから、両者の違いに応じて参加者の条件に差異を設けることは、不合理とはいえない。被告市が各小学校区ごとに両事業のうちいずれか一方のみを実施していることの結果として、小学校区によって小学生が放課後に参加し得る活動の範囲、内容が異なることの当否は、被告市の政策に対する評価の問題であり、本件活動の参加者について前記のような条件を設けることの適否に関する前記判断を左右するものではない。

3  原告は、参加を認めるか否かの基準が明文の内規等に規定されていないことを論難するが、前記のとおり、募集要項や本件参加希望票にはこれが記載されて、本件活動の担当者が交替しても右方針が引き継がれていること、参加を認めるか否かの基準は、本件活動における教育方針や受け入れ態勢、参加希望者数、保護者の要望等が変更した場合、これらの実情に精通した被告教育委員会の裁量により柔軟に変更され得るものであると解されること、本件活動への参加を認めるか否かの決定には行政手続法五条の適用はないこと等を勘案すると、右基準が本件要項やその他明文の内規等に規定されていなかったからといって、右基準を適用した本件参加拒否が国家賠償法上違法となるものではない。

4  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告市に対する請求は理由がない。

(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 青木亮 裁判官 山田真依子)

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